【代表インタビュー】株式会社アペル 代表取締役社長 井上 雅之

花を贈る文化を日本に根づかせる—エクアドルから始まる事業展開
花を贈るという行為が持つ価値について、多くの人は深く考えたことがないかもしれません。多くの人にとって、花は特別な日の装飾品や、形式的な贈り物という印象があるかもしれません。しかし、「花を贈る文化を広めたい」という強い信念を持つ株式会社アペル代表取締役社長の井上 雅之さん(以下、井上さん)は、花が持つ本当の力を知っています。
2006年に設立された同社は、エクアドルでのバラ生産から日本での小売まで、花事業を一気通貫で手がける独自性の高い企業です。特に力を入れているのが、プリザーブドローズ「AMOROSA(アモローサ)」を使ったギフト事業。水も光も必要なく、長期間美しさを保つプリザーブドフラワーという革新的な技術を通じて、花を贈るハードルを下げ、より多くの人に感動体験を届けようとしています。
国内大手フラワービジネス企業で12年間のキャリアを積んだ井上さんが、なぜ独立してまで花を贈る文化の普及に取り組むのか。その背景には、花が持つ特別な力を目の当たりにした数々の体験がありました。
プロフィール

株式会社アペル
代表取締役社長 井上 雅之
趣味
趣味というか、ほぼ日課ですが、毎朝社員へのフィードバックを送っています。1人ひとりの成長や変化に目を向ける時間が、自分にとっても大切な習慣です。
座右の銘
「ありがとうから始めよう」
「他者への振る舞い」ではなく「自分がどう在るか」に焦点をあてた自分自身への行動の約束です。
尊敬する人
家族であり、共に働く仲間であり、取引先の尊敬する経営者たち。困難を平然と乗り越え、謙虚に感謝を忘れないその姿勢に、いつも学ばされています。
学生が読むべき本
「ファーストペンギン シングルマザーと漁師たちが挑んだ船団丸の奇跡」坪内 知佳
経営者におすすめの本
「改訂版 会社の運命を変える 究極の資金繰り」菅原 由一
人生で一番熱狂したこと
このメンバーと情熱を傾けている「今の仕事」。
生産から小売まで国内では珍しい一気通貫ビジネスモデル

エクアドルの大地から日本の消費者まで—他に類をみない事業構造
小川:御社の事業について教えてください。
井上さん:花卉事業を軸としていて、最大の特徴は海外でバラの生産から携わっていることです。
エクアドルでプリザーブドフラワーを生産し、商社を介さず直接輸入しています。その素材を、プロ向けの卸売、フラワーショップへの製品卸、そしてエンドユーザーへのEC販売という三つの事業で展開しています。このような一気通貫の事業をやっているのは、国内では極めて珍しい事業形態だと認識しています。
品質管理と安定供給を実現する統合戦略
小川:なぜ一気通貫でやられているのですか?
井上さん:品質管理と安定供給を実現するためです。もともとは企画会社として創業し、自然な流れで現在の形になりました。
創業時はジュエリー会社や洋菓子屋など、企業がプリザーブドフラワーと自社商品を組み合わせた新しいギフトをつくる企画をしていました。エクアドルの会社とのご縁で、日本でのプロモーション販売を手伝ってほしいと声をかけていただいたのが、一気通貫事業のきっかけです。生産から関与することで、品質の安定性と価格競争力を確保できるようになりました。
起業への道のりと花ギフトとの出会い

化粧品会社の1万人キャンペーンから始まった転機
小川:プリザーブドローズに可能性を感じて、花を贈ることをもっと広げたいと思われた理由は何だったんですか?
井上さん:きっかけは1990年代、化粧品会社の1万人にバラを贈る企画を担当したときでした。
生花を夏場に1万人へ宅配するのは、品質管理やコスト面で非常にハードルが高くなります。そんな課題を感じていたときに、プリザーブドフラワーに出会いました。見た目は生花と変わらない美しさがありながら、水やりも不要で長持ちする点に魅力を感じました。
このアイデアを外資系の化粧品会社に提案したところ、高く評価され、実際に成約へとつながりました。私の体験では、「枯れない魔法のバラ」として認知され、プリザーブドフラワーが広まる大きな原動力になったと感じています。
花の力を実感した原体験—人生最高の喜びを生んだ贈り物
小川:そこからお花を贈ることに興味を持たれたのですね。
井上さん:実は正直、花には関心がなかったのですが、贈ったときの相手の反応に衝撃を受けました。
親戚の伯母に母の日のカーネーションを贈ったところ、涙を流して「今まで貰った中で宝石よりも一番嬉しい」と言っていただいたんです。また、長年お世話になった取引先の男性に送別の花束を手渡ししたところ、「生まれて初めて花をもらった」と目に涙を浮かべて喜んでくださいました。
こちらの思い以上に感動していただいて、その姿をみて私も嬉しくなった。そういう経験を重ねるうちに、花のギフトは素晴らしいと感じるようになりました。
商品とサービスへのこだわり

売るのではなく「贈る体験」を支える真の価値
小川:お花を売るのではなく、贈る体験そのものを支えるということでしょうか?
井上さん:その通りです。BtoCを始めてから、お客様から「ありがとう」という言葉をたくさんいただくようになりました。
お客様は贈り先の方に喜んでもらいたくて、当社にご注文をいただきます。私たちが丁寧につくってお送りすると、相手が喜んでくれたことで送った人がすごく幸せになって、私たちに「ありがとう」と感謝の言葉をかけてくださいます。プロポーズで「成功しました、ありがとう」というレビューも本当に多いんです。
この仕事の素晴らしさを、BtoCを通じて実感できるようになりました。
男性も気軽に花を贈れる時代へ—創業時の問題意識
小川:起業された経緯も教えていただきたいです。
井上さん:35歳で起業すると決めていました。当時は男性が花を贈ることへの抵抗が強い時代でした。
私の世代は花束を持って街を歩くのが恥ずかしく、花屋に入るのも難易度が高かったんです。誕生日にはお菓子やケーキはあるけど、花は減ってきていました。
男性にも花を贈ってほしい、女性に気持ちを伝えるときにバラをプレゼントしてほしいと思い、最初はケーキ屋やジュエリー会社とタイアップして、パーソナルギフトに花を広めたいと考えていました。
小川:そこから「ダイヤモンドローズボックス」が生まれたのですね。
井上さん:はい。男性がカバンに忍ばせて、まるで宝石を贈るように—スタイリッシュにプレゼントできるフラワーギフトです。
箱を開けると、ラメとダイヤモンドをあしらったバラが現れる演出には、創業当初から描いていた「特別な贈り物」のイメージが重なります。2009年の発売以来、累計30万個以上のご注文をいただき、多くの方々に「花を贈る新しいスタイル」として支持されてきました。
今では、当社を象徴するアイテムのひとつとして、多くのお客様に選ばれ続けています。
最上級品質へのこだわりとサステナビリティ

エクアドルの雪解け水とサステナブルな取り組み
小川:最上級の品質をどうやってつくり上げているのでしょうか?
井上さん:私たちが資本参加しているエクアドルのバラ農場では、アンデス山脈を源とする雪解け水を、自然の循環を活かすかたちで貯水池に溜め、灌漑に用いています。地下水には頼らず、水資源に配慮した持続可能な栽培が行われています。
エクアドルは世界有数のバラの生産地として知られていますが、一部地域では過剰な地下水利用による水資源への懸念も指摘されています。そうした背景もあり、現地農場では水利権者との契約に基づき、自然循環を活かした水の利用に取り組んでいます。
農業排水については、大規模な浄水プラントを設置し、しっかりと浄化した上で川に戻しています。また、厳しい検品に合格できなかった約20%に及ぶ規格外のバラは廃棄されることなく、バラ園の肥料として再利用されるなど、可能な限り環境負荷を抑える仕組みを整えています。
私たちのバラは、品質基準の厳しさや環境配慮などにコストをかけている分、どうしても製造コストが高くなりがちです。。品質を維持するための選別基準の高さ、環境負荷を抑える取り組みなどコストをかける分、価格も上がる。ただ、それでもご指名で選ばれる理由は、品質と安定供給への信頼が積み重なってきた結果だと思っています。
品質を支える真面目で誠実な人材
小川:そうした徹底的な品質へのこだわりは、どのような組織文化から生まれているのでしょうか?
井上さん:根っこにあるのは、「誠実に、前向きに取り組む姿勢」だと思います。
採用でも、能力や経歴よりも、どんな仕事にも前向きに取り組めるか、誠実に努力を続けられるかどうかを重視しています。そして、そういう姿勢を持つ人が、また同じような人を呼んでくれる。だから当社には、自然と「成長できる人」が集まってくるんです。
社内では「ブランドは細部に宿る」という言葉を共有していて、誰も気づかないような細かな部分にも真摯に向き合い、丁寧さを大切にしています。
エクアドルの農場での栽培から、日本のお客様にお届けする最後の瞬間まで。すべての工程で妥協せず、常に改善を重ねていく。その積み重ねが、長く選ばれる品質と信頼につながっているのだと実感しています。
仕事への熱狂と未来への展望
熱狂の瞬間—エクアドルから日本まで花を通じたバトンリレー
小川:仕事で熱狂する瞬間はどういったところでしょうか?
井上さん:エクアドルの生産者から製造スタッフから、国内の製造チーム、そして花を手渡す小売店の方々まで—私たちのバラは、まるで一本のバトンのように、人の手と想いをつないでいきます。
現地での生産背景や、一本の花に込められた情熱を小売店舗にお伝えすると、スタッフの方が涙を流されることもあります。そんな話をまた製造の現場に伝えると、今度は現場が静かに奮い立つ。その感情の連鎖が、肩書きや立場を越えて、ひとつのチームのように繋がっていくのを感じるとき、私は胸が熱くなります。
お客様からいただいた感動的なレビューを全スタッフで共有する時間も、「この花が、あの人の人生に寄り添っていたんだ」と実感できる、かけがえのないひとときです。私にとってこの事業は、単なる「ものづくり」ではなく、人の心をつなぎ、誇りを分かち合う—そんな仕事の本質を形にする挑戦だと思っています。
花を贈る文化の無限の可能性—認知ではなく文化の普及
小川:今後どういった会社にしていきたいですか?
井上さん:まだ当社を知らない人がほとんどなので、成長の可能性は大きいと思います。ただし、認知を取るのが目的ではなく、花を贈る文化を広めたいのです。
エクアドルでは花がどんどん咲いてくるので、もっと多くの人に花を贈る感動を味わってもらいたい。プロポーズを成功させ、記念日にはセカンドプロポーズも、プリザーブドフラワーの特性を活かして定期的に花を贈ってほしい。それが送った人の幸せとして戻ってきます。
すべて当社のバラでなくても良いんです。花を贈る文化そのものが広がってほしい。そのために海外展開やコラボレーション商品の開発など、さまざまな施策を検討しています。
会社概要
会社名 | 株式会社アペル |
HP | https://www.upell.co.jp |
設立 | 2006年2月8日 |
事業内容 | (卸売事業)プリザーブドローズ「AMOROSA」日本総代理店 (小売事業)プリザーブドローズギフト「AMOROSA MODERNO」運営 (小売事業)フラワーギフトショップ「noemie」運営 |
※2025年7月23日時点の情報です。