【代表インタビュー】株式会社maf 代表取締役 深江 暢

アニメーション業界は今、転換期を迎えています。かつてサブカルチャーと呼ばれていたアニメは、今や年間3兆円規模の産業へと成長。国も自動車産業と並ぶ10兆円産業への発展を目指しています。しかし、その裏では長時間労働や低賃金など、構造的な問題も山積しています。
「アニメ村」と呼ばれるほどガラパゴス化した業界で、新たな風を吹き込もうとする企業があります。株式会社mafは、フリーランス中心の業界の常識を覆し、アニメーターを社員として採用。フルリモートかつフルデジタルの環境で、制作の効率化と働きやすさを両立させています。設立からわずか数年で22名の組織へと成長し、今秋には看板となる元請け作品の制作も控えています。
「エモーショナルなアニメを作り新しいエコシステムを作る」という志のもと、才能ある制作者が誇りを持って働ける環境づくりに挑む代表取締役社長の深江 暢さんに、会社の取り組みや業界の課題、これからのビジョンについて話を伺いました。
プロフィール

maf株式会社
代表取締役社長 深江 暢
趣味
社会人バスケ、映像鑑賞、アウトドア・キャンプ
尊敬する人
カメラマンの父
座右の銘
継続は力なり
学生が読むべき本
物語思考「やりたいこと」が見つからなくて悩む人のキャリア設計術
経営者におすすめの本
PIXAR〈ピクサー〉世界一のアニメーション企業の今まで語られなかったお金の話
人生で一番熱狂したこと
TVアニメ「GATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり 」という作品の制作
変革期を迎えるアニメ業界

秋山:まずは会社の事業内容について教えてください。
深江:当社はアニメーションの企画制作を行っています。アニメには商業アニメとインディーズ的なアーティスティックアニメの2種類がありますが、私たちは商業アニメ、主にテレビアニメを制作しています。たとえば「鬼滅の刃」のような漫画原作の企画アニメなどを制作しています。
私個人が思うアニメ業界の課題は「アニメ村」と言われるほどガラパゴス化しているところです。そこを他の方も入りやすくし、さまざまな仕事も受けていき、顔がみえにくいアニメ会社を変えていきたいと考えています。
秋山:アニメ制作におけるデジタル化の現状について教えてください。
深江:現在のアニメ制作は私の感触として、約6割がデジタル、4割が紙による制作です。
完全にデジタル化が進まない理由としては、導入コストの問題があります。フリーランスが多いアニメ業界では、ペンタブレットやPCなど、新しい機材や技術を導入するコストが障壁となっています。
また、アナログで描くことに慣れている方も多く、筆の質感などデジタルではまだ100%再現できない部分もあります。特に原画や動画の細かい表現力については、当然アナログの方が良いです。ただ、後工程を考えると最初からデジタルで行った方が効率が良いためクオリティとの天秤にかけた上で当社ではほぼフルデジタルで制作しています。
これにより、修正作業の効率化や、離れた場所にいるスタッフ間でのデータのやり取りが容易になります。実際にデジタルアニメーターだけを集めたプロジェクトも実施し、従来の方法より工数が少なくクオリティに時間をかけられるので高品質な作品を制作することができました。
またアニメーターの方は、フルリモートでの社員採用を行なっており、
地方に眠っている才能を集約できています。
秋山:アニメ業界の課題についてどのようにお考えですか?
深江:最大の課題は「長時間働いていいものを作るのが当たり前」というマインドです。
この考え方を脱却しない限り、生産性が落ち低賃金で長時間労働を強いられ、辞めていくという悪循環は続きます。
アニメーターの平均年収は業界全体でみると300万円前後と言われており、特に若手は月給制ではなく枚数制で働く場合が多く、生活が安定しません。また、納期が迫ると徹夜作業が続くことも珍しくありません。才能ある人材が経済的理由で業界を去る現実は、日本アニメの将来にとって大きな損失です。
当社では期間内に質の高い成果を出す意識を持つことが大切だと伝えています。
残念ながら業界全体ではまだ古い考え方が根強く、時代の変化についていけていない部分を感じています。たとえばSDGsのような概念も浸透していません。私たちの世代で変えていかなければならないと強く感じています。
社員化とチーム力の強化で業界の常識を変える

秋山:そのような課題を感じながらも、会社を設立された経緯を教えてください。
深江:実は私はもともとアニメ業界に入りたくて入ったわけではありません。偶然家の近くでアニメ制作会社のアルバイト募集をみつけたのがきっかけでした。「ベルセルク」という作品が好きだったこともあり応募しました。
当時は手描きでアニメを作っていることさえ知らず、ゼロから始めました。とてもきつかったのですが、完成した「ベルセルク 黄金時代篇I 覇王の卵」を東宝の試写室でみて、自分の名前がクレジットされたときの喜びが忘れられず、やりがいを感じ一生の職にしようと思いました。
どうアニメ業界で生きていくか悩んだときに、プロデューサーという道を選びました。さまざまな才能がある方と仕事をしたいと思ったからです。
起業のきっかけは、ソーシャルゲーム会社からの依頼でした。フリーランスで仕事を受けていたときに、与信の関係で個人には発注できないと言われ、法人化する必要がありました。これは大きなチャンスだと思い、会社を設立するに至りました。
最初は一人親方で自宅で制作していました。一人ですと、作品規模がスケールアップしていきませんので、それで稼いだお金を元手に2期目から同じマインド、志のある方々に入社していただき、今では正社員と契約社員合わせて22名の会社に成長しました。(インタビュー当時)
秋山:同業他社と比較して、御社の強みや差別化している点について教えてください。
深江:アニメ業界はフリーランスや個人事業主の方々に支えられている業界です。フリーランスという働き方にはメリットもありますが、会社的には再現性に欠けます。ハリウッド方式で、作品ごとにスタッフを集めて終わったら解散という形になるため、継続性や安定性に欠けます。
また、フリーランスが多いことで長時間労働がザラにあり、個人のスケジュール管理も大変で、制作スケジュールが遅れることも多いです。業界では「放送の1週間前に納品」というケースも珍しくありません。
そこで当社では社員化を進め、現在22名いる社員のうち、制作職の7名以外は全員アニメーターです。まだ制作会社がアニメーターを社員として抱えることは少ないのですが、これからの業界にはこの形が必要だと考えています。社員化により、安定した収入を保証するだけでなく、チームとしての一体感や継続的な技術向上が可能になりました。社内でのノウハウの蓄積と共有が進み、一つひとつのプロジェクトから得た経験を次に活かせるようになっています。
フリーランスが多い業界では教育もままならず、人材不足が深刻です。当社では教育をしっかり行い、スキルの共有を大切にしています。個人単位ではなく、チームとして協調性を持って働く環境を作っています。
また、技術面ではフルデジタル制作を取り入れ、チャットやDiscordなどのツールを使って効率化を図っています。制作メンバー全員が同じプラットフォーム上でコミュニケーションを取ることで、進捗の可視化や問題の早期発見ができるようになりました。クリエイティブなマインドを持ちつつも、納期や品質を守るという製造業的な意識も大切にしています。
秋山:会社の理念やミッション、ビジョンについて教えてください。
深江:当社の経営理念は「アニメ業界を存続させるエコシステムを作る」ことです。
アニメはかつてはサブカルチャーでしたが、今や年間市場規模3兆円規模の産業に成長し、メインカルチャーになりつつあります。国も自動車産業と並ぶ産業へと成長させる目標を掲げています。しかし、現在、業界は転換期を迎えていますが、確立したビジネスモデルがまだありません。
一時期、中国がアニメを高く買い取っていましたが、中国の規制が厳しくなり状況が変わりました。中国国内では自国のアニメ産業保護のため、海外アニメの放送枠を制限する政策があり、年間で輸入できる作品数も限られています。
その結果、以前一時的ではありますが「中国に売るためにアニメを作る」という状況から変化を余儀なくされました。
最近では円安の影響もあり、北米市場で売れるようになってきています。Crunchyrollのような海外の配信会社が高額で買い取るケースも増えています。従来はブルーレイの売上やライセンス収入など、後からお金が入る構造でしたが、今は配信権を先に買い取るプリセール方式も増えています。この変化により、アニメ制作の資金調達の見通しが立ちやすくなった面もありますが、まだ安定したモデルとは言えません。
当社の経営ミッションはアニメ制作会社の構造改革です。才能のある人が低賃金や過労で業界を去ってしまう現状を変え、周りに誇れる仕事にしたいと考えています。
ビジョンとしては「安定した環境の中で最高のクリエイティブを生み出す」ことを掲げています。
フルリモートワークで実現する新しい働き方
秋山:会社の雰囲気や風土、どのような人が働いているかについて教えてください。
深江:社員として安定してしっかり作品を作りたいという思いを持った、真面目な社員が多いです。吸収しようという意識が高く、人間としてもしっかりした人材に恵まれています。
ただ、少し堅いところもあるので、どう崩していくかが私の課題です。
女性社員も多く、全体の半分以上を占めています。力仕事がなくなった環境では、コミュニケーション能力が高い女性の方が有能だと私は考えております。また、将来のことをしっかり考えられる女性が多いです。子育てをしながら働けるという側面でもリモートワークを導入しています。
そもそも、アニメは子どもがみるものなので、作っている側が子育てできないというのは良くないと思い、子育て支援は積極的に導入しています。
秋山:フルリモートの環境で、社員の交流や風土を作るためにどのような工夫をされていますか?
深江:年に数回、地方のスタッフも全員集めて忘年会や新年会を開催しています。リモートで面接して、まだ一度も会ったことのない社員もいるので、みんなで顔を合わせる機会を大切にしています。一度顔を合わせると、その後のコミュニケーションがスムーズになるというのは古いかもしれませんがそう感じます。
日頃では、Discordに雑談チャンネルを作り、仕事以外の話題で交流できる場を設けています。映画やドラマの紹介など、ざっくばらんな会話ができる環境づくりも心がけています。
さらに、週に1回全体会議を開き、全員がカメラをつないで顔をみながら話し合います。会社の考え方や効率的な仕事の進め方だけでなく、医療保険の重要性やNISA(少額投資非課税制度)などの金融知識なども共有しています。これらの取り組みを通じて、物理的な距離があっても心理的な距離を縮める努力をしています。
次世代のアニメ制作を担う人材育成

秋山:未経験者の採用についてはどのようにお考えですか?
深江:むしろ積極的に未経験者を採用したいと考えています。下手に業界に染まっていない方が望ましいと私は思っているので。
アニメーターについては中途採用の方も多いですが、これは従来の働き方を変えたくて当社に来てくれた人たちです。そういう方々を中心に未経験の方も採用していきたいと思っています。
秋山:採用において重視しているポイントは何ですか?
深江:職種によって異なりますが、制作職では、最初の能力よりも向上心や熱意を重視しています。私自身、正直業界に入ったばかりは容量が悪かったのですが体力と向上心だけはあったので自分を鍛錬していきました。
なので、スキルは後から身につけられますが、諦めずに努力できる姿勢は重要です。自分を俯瞰してみられること、他者のことを考えられることも大事です。
アニメーターやデザイナーに関しては、好奇心の強さも重要です。自分なりの考え方や視点を持って創造的な活動ができるかどうかをみています。言葉を交わさなくても創作した作品を通して熱意や個性は伝わりますので定性的ではありますがそういった熱量も大事にしています。
秋山:新卒入社後のキャリアパスについて教えてください。
深江:当社では社員の希望に応じた柔軟なキャリアパスを提供しています。
入社時に「10年後どんな自分になっていたいか」を聞き、それに沿ったキャリア形成をサポートします。
一般的には、制作職であれば制作進行から始まり、設定制作、制作デスク(管理職)、プロデューサーというステップがあります。将来的に経営に携わりたければ取締役という道もあります。
アニメーター職は最初は動画から始まり原画,作画監督,キャラクターデザインなどへと進みます。
また、両方のポジションから「演出」と呼ばれる作品全体のクオリティをディレクションする役職希望の社員もいるので、弊社で監督をしている人間の元で育てていきたいと思っております。ゆくゆくは監督職にステップアップしてもらいます。
どの道に進むかは本人の意思を尊重しますが、基礎として制作なら設定制作まで、アニメーターなら原画までは経験してほしいと思っています。
秋山:会社として今後目指していることを教えてください。
深江:当社はまだ小さい会社で知名度もありませんので、まずは看板となる作品を作ることが目標です。今年の秋から元請けとして看板になる作品の制作を進めています。その後も企画のお話しを頂いているので、まずは良い作品を作れるという実績を積み上げていきたいと考えています。
さまざまなアニメ制作会社がありますが、「この会社はこういう作品が得意」というような特色をmafではまだ見出せていません。私たちも何かしらの特色を確立していきたいと思っています。
個人的には、テレビアニメに加えてアニメ映画も手がけたいという思いがあります。将来的には制作だけでなく、自分たちの作品を売っていくという活動も必要だと考えています。単純な制作受託だけでは限界があり、IP(Intellectual Property:知的財産)を持つことが重要です。
秋山:アニメ業界を目指す若い人たちへのメッセージをお願いします。
深江:自分に合った仕事をみつけるために、さまざまなことを経験してみることが大切です。好きなことがみつかっていない人は、バイトをしてみたり、新しい環境に自分を置いて、自己分析をすることが重要です。
日本人は一度決めたことは嫌いになっても努力しなければというプレッシャーを感じがちですが、長い人生ですので合わないと思ったら柔軟に考え転職するべきだと思います。それを探す努力をしないと、何年か後に「やりたいことをやれていない」と後悔することになります。
10代、20代のうちに自分のことをしっかり考え、いろいろなことを経験してみることが大事です。自分なりの視点や意見を持つことがとても重要で、それは面接でも伝わります。
また、インプットも大事ですが、アウトプットはさらに重要です。自分の考えを表現する練習をして、さまざまな経験を通じて自分なりの考えを形にしていくことで、自分に合った道がみえてくると思います。
自分たちの作ったアニメを売り出しstudio mafが目指す未来を創った
深江:私たちの志は「エモーショナルなアニメを作り新しいエコシステムを作る」ことです。2025年現在、先人の方々のおかげでアニメが国内外問わず注目されていますが、前述通り確立したビジネスモデルはまだありません。それを模索していきながら自分たちの創ったアニメを売り出し、視聴者の皆様の心に届け響かせていくことを主眼においています。
またアニメーター、アニメ制作従事者の待遇の構造改革にも力を入れています。才能があっても過労や賃金の安さで辞める方が多い現実があります。しっかりとした待遇、環境の中で最高のクリエイティブを作る。そして「アニメ制作を誇れる仕事にしたい」そんな想いで日々制作しています。
studio mafでは現在、アニメーターおよび演出・演出助手としてご活躍いただける仲間を募集しています。
情熱を持って作品づくりに取り組みたい方、挑戦を楽しめる方のご応募をお待ちしております。
アニメーター様募集
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